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東京地方裁判所 平成10年(ワ)4630号 判決 1999年5月31日

東京都千代田区神田錦町一丁目二七番地

原告

大鵬薬品工業株式会社

右代表者代表取締役

小林幸雄

右訴訟代理人弁護士

松尾翼

奥野〓久

内田公志

西村光治

東京都中央区京橋三丁目二番九号

被告

シオノケミカル株式会社

右代表者代表取締役

塩野谷貫一

右訴訟代理人弁護士

脇田輝次

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、金一八三万八三七七円及びこれに対する平成六年一〇月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  争いのない事実

1  本件特許権

原告は、別紙特許権目録記載の特許権(以下「本件特許権」といい、その発明を「本件特許発明」という。)を有していた。

2  被告製品

被告が長生堂製薬株式会社(以下「長生堂」という。)から製剤の供給を受け、紙箱包装等を行って最終製品化して(以下、この行為を「小分け」という。)販売している別紙物件目録(一)及び(二)の各製品(以下、別紙物件目録(一)の製品を「ベルデエフティカプセル」といい、同目録(二)の製品を「ベルデエフティ細粒」といい、これらをまとめて「被告製品」という。)は、原告が製造販売している本件特許権の実施品である製品と有効成分が全く同一の組成である、いわゆる「後発品」であって、本件特許発明の技術的範囲に属するものである。

3  被告の行為

被告は、被告製品の薬事法一四条に基づく小分け製造承認申請に必要な資料作成のためのデータ取得を目的として、本件特許権の存続期間中に、被告製品について、規格試験(以下「本件試験」という。)を行った。

二  本件は、原告が、被告が被告製品について本件試験を行った行為が、本件特許権の侵害に当たるとして、損害賠償を請求する事案であって、本件の争点は、被告の右行為が特許法六九条一項の「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に当たるか否かと損害額である。

三  争点についての当事者の主張

1  被告の右行為が特許法六九条一項の「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に当たるか否かについて

(一) 被告の主張

医薬品において品質の確保はきわめて重要なもののひとつであり、規格試験は、製品の品質確保のための試験として、薬事法上重要な意義を有している。

また、規格試験は、規格を確認する試験であるが、そうであっても、新しい工夫、知見取得の端緒となり得るものであって、新しい技術の発展や発明につながる可能性を有するものである。

したがって、本件試験は、特許法六九条一項の「試験」に該当する。

(二) 原告の主張

特許法六九条において、一定の実施行為が「試験又は研究のためにする特許発明の実施」であるとして、侵害行為としての責任を負わないとされているのは、当該行為に技術的進歩が認められる等、社会的に有用な効果が認められるからである。

被告の行った本件試験は、小分け製造承認を取得するためのものであり、製品が製剤を供給した企業が提供したデータ(規格)どおりであるかどうかを確認するものであって、確認方法(試験方法)も製剤を供給した企業が開示した方法に従わなければならない。

したがって、本件試験によって新たな知見を取得する可能性は全くなく、社会的に有用な効果は認められないから、本件試験は特許法六九条一項の「試験」に該当しない。

2  損害額について

(一) 原告の主張

被告は、本件試験にベルデエフティカプセルを一〇八〇カプセル使用したところ、ベルデエフティカプセルの薬価は四八五円九〇銭であるから、右使用分は薬価換算で計五二万四七七二円となる。

被告は、本件試験にベルデエフティ細粒を一〇八〇包(一包〇・四グラム)使用したところ、ベルデエフティ細粒の薬価は一グラム一二二九円であるから、右使用分は薬価換算で計五三万〇九二八円となる。

右のとおり薬価換算合計額は一〇五万五七〇〇円となり、本件特許権の実施料率は二〇パーセントが相当であるから、原告が被った損害額は二一万一一四〇円を下らない。

(二) 被告の主張

原告の損害額に関する主張を争う。

第三  争点に対する判断

一  ある者が化学物質又はそれを有効成分とする医薬品についての特許権を有する場合において、第三者が、特許権の存続期間終了後に特許発明に係る医薬品と有効成分等を同じくする医薬品(以下「後発医薬品」という。)を製造して販売することを目的として、その製造につき薬事法一四条所定の承認申請をするため、特許権の存続期間中に、特許発明の技術的範囲に属する化学物質又は医薬品を生産し、これを使用して右申請書に添付すべき資料を得るのに必要な試験を行うことは、特許法六九条一項にいう「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に当たり、特許権の侵害とはならないものと解するのが相当である。その理由は次のとおりである。

1  特許制度は、発明を公開した者に対し、一定の期間その利用についての独占的な権利を付与することによって発明を奨励するとともに、第三者に対しても、この公開された発明を利用する機会を与え、もって産業の発展に寄与しようとするものである。このことからすれば、特許権の存続期間が終了した後は、何人でも自由にその発明を利用することができ、それによって社会一般が広く益されるようにすることが、特許制度の根幹の一つであるということができる。

2  薬事法は、医薬品の製造について、その安全性等を確保するため、あらかじめ厚生大臣の承認を得るべきものとしているが、その承認を申請するには、各種の試験を行った上、試験成績に関する資料等を申請書に添付しなければならないとされている。後発医薬品についても、その製造の承認を申請するためには、あらかじめ一定の期間をかけて所定の試験を行うことを要する点では同様であって、その試験のためには、特許権者の特許発明の技術的範囲に属する化学物質ないし医薬品を生産し、使用する必要がある。もし特許法上、右試験が特許法六九条一項にいう「試験」に当たらないと解し、特許権存続期間中は右生産等を行えないものとすると、特許権の存続期間が終了した後も、なお相当の期間、第三者が当該発明を自由に利用し得ない結果となる。この結果は、前示特許制度の根幹に反するものというべきである。

3  他方、第三者が、特許権存続期間中に、薬事法に基づく製造承認申請のための試験に必要な範囲を超えて、同期間終了後に譲渡する後発医薬品を生産し、又はその成分とするため特許発明に係る化学物質を生産・使用することは、特許権を侵害するものとして許されないと解すべきである。そして、そう解する限り、特許権者にとっては、特許権存続期間中の特許発明の独占的実施による利益は確保されるのであって、もしこれを、同期間中は後発医薬品の製造承認申請に必要な試験のための右生産等をも排除し得るものと解すると、特許権の存続期間を相当期間延長するのと同様の結果となるが、これは特許権者に付与すべき利益として特許法が想定するところを超えるものといわなければならない(最高裁判所第二小法廷平成一一年四月一六日判決裁判所時報第一二四一号二頁参照)。

二  そこで、本件について検討する。

1  本件特許権は、抗腫瘍剤組成物についての発明に関するものであり、右特許権は化学物質を有効成分とする医薬品についての特許権であると認められる。

2  前記第二の一の争いがない事実に弁論の全趣旨を総合すると、被告製品は本件特許発明に係る医薬品と有効成分等を同じくする医薬品(後発医薬品)であること、本件試験は、本件特許権の存続期間終了後に被告製品を製造販売することを目的として、本件特許権の存続期間中に行われたこと、本件試験は、被告製品についての薬事法一四条所定の製造承認申請書に添付すべき資料を得るのに必要なものであること、以上の事実が認められる。

3  そうすると、本件試験を行うことは、特許法六九条一項にいう「試験又は研究のためにする特許発明の実施」であると認められ、本件特許権の侵害とならないものというべきである。

4  前記第二の一のとおり、本件試験は、小分け製造承認を取得するために行われたものであるが、右一の後発医薬品の製造承認申請書に添付すべき資料を得るのに必要な試験を行うことが特許法六九条一項にいう「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に当たると解すべき理由に照らすと、本件試験が小分け製造承認を取得するために行われた試験であるからといって、特許法六九条一項にいう「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に当たらないということができないことは、明らかである。

三  以上のとおりであるから、原告の請求は理由がない。

(裁判長裁判官 森義之 裁判官 榎戸道也 裁判官 杜下弘記)

特許権目録

特許登録番号 第一二七五七八二号

発明の名称 抗腫瘍剤組成物

出願年月日 昭和五三年二月一〇日

出願番号 昭和五三年第一四六七六号

出願公告年月日 昭和五九年一二月二七日

出願公告番号 昭和五九年第五三八八五号

登録年月日 昭和六〇年七月三一日

特許請求の範囲 1-(2-テトラヒドロフリル)-5-フルオロウラシル及び該1-(2-テトラヒドロフリル)-5-フルオロウラシル1モルに対して2・5モル以上10モル以下のウラシルを含有することを特徴とする抗腫瘍剤

物件目録

(一) 一カプセル中、左記1記載のテガフール一〇〇mg及び同2記載のウラシル二二四mgを含有するカプセル剤(商品名「ベルデエフティカプセル」)

(二) 〇・四g中、左記1記載のテガフール一〇〇mg及び同2記載のウラシル二二四mgを含有する細粒剤(商品名「ベルデエフティ細粒」)

(1) 次の化学式で表される化合物(1-(2-テトラヒドロフリル)-5-フルオロウラシル。一般名テガフール)

<省略>

(2) 次の化学式で表される化合物(一般名ウラシル)

<省略>

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